私には4歳の長男と1歳の次男がいます。次男はコーダです。
保育園に入るまでは、家の中で使う言葉は手話が中心。完全に手話だけの環境で育ってきました。
そして4月から保育園へ入園。
少しずつ口話の環境にも慣れ、喃語から言葉へと一歩ずつ成長しています。
今回の記事では、コーダを育てる難聴・ろう者の親として感じた悩みや戸惑い、そして実際に経験したエピソードをお話ししました。
「うちも同じだな」
「そんな悩みがあるんだ」
そんなふうに感じてもらえたら嬉しいです。
この企画が、聞こえない・聞こえにくい親とコーダの子どもたちについて知るきっかけになればと思っています。

続いて今回は、11年間暮らした福岡県から大分県へ家族みんなでUターンし、「ときのまかふぇ」を営むSHINOさんにインタビューします!
ご主人は聴者で、息子さんもコーダ。聞こえる家族と聞こえない親として、日々どのようにコミュニケーションを取っているのか、たくさんのお話を伺いました。
家族みんなが心地よく過ごすための工夫は、私自身も参考になることばかりでした。
11歳・ひとりのお子さんを持つろう者の母
――お子さんの年齢・人数を教えてください
SHINO11歳の息子がひとりいます。
聞こえる・聞こえないについて特に考えたことはなく、元気に成長してくれるだけで嬉しかった
――聞こえる子(CODA)と分かったとき、どんな気持ちでしたか?
その後、気持ちの変化はありましたか?
SHINO聞こえる・聞こえないについて特に考えたことはなく、早産だったので元気に成長してくれるだけで嬉しかったです
――早産だったのですね。差し支えなければ、どれくらい早く生まれたのかお聞きしてもよろしいでしょうか?
SHINO2月中旬に出産予定だったのが、12月中旬に出産しました。
早産だったのに、産声がとても大きかったらしく主人も私の親もびっくりしてたのが印象的でした。今でも声は大きいです。笑
私に伝わらないもどかしさで、我が子が泣いたりすることも
――『聞こえる子(CODA)』と分かったとき、どんな気持ちでしたか?その後、気持ちの変化はありましたか?
SHINO保育園の頃は、子どもが伝えたいことが私にうまく伝わらず、もどかしさから泣いてしまうこともありました。
そのたびに、「ママは聞こえないから、ゆっくりお話してね」と根気よく伝え続けました。
すると、だんだんと「聞こえない」ということを理解してきたのか、子どもなりに伝わる方法を考えるようになりました。
簡単な手話を使ったり、手のひらに文字を書いたり、口の形が分かるようにはっきり動かしたり。
子どもなりに工夫しながら、一生懸命伝えようとしてくれたことを覚えています。
――「“ママは聞こえないからゆっくりお話してね”と根気よく伝え続けた、というお話が印象的でした。
普段、お子さんとは口話・手話を交えながらコミュニケーションを取られているのでしょうか?
SHINO言葉がまだの時は、口話、指差し、ジェスチャーなど使ってお話してました。今は、口話・手話を交えながらのコミュニケーションを取っています。
――また、ご主人が聞こえるとのことなので、旦那さんとお子さんだけで会話が進んでしまい、
気づけずに孤独を感じることはありませんか?
そのような時、ご家族ではどのようにコミュニケーションを工夫されているのか気になりました。
SHINOありますね。そんな時は隠さずに「何の話をしているの?」と聞くようにしています。
学校や習い事などで、主人や子どもが周りの人と会話している時に、
私だけ話についていけず一人になってしまうこともあります。
そんな時は家に帰ってから、「どうしていいか分からなくなってしまうから、これから何をするのか、今どんな状況なのかを少しでも伝えてもらえると助かる」と正直に伝えています。
そして、家族でどうしたらいいか話し合うようにしています。
伝えたからといって100%理解してもらえるわけではありません。
でも、伝えなければ0%のままです。
だからこそ、これからも家族とコミュニケーションを取り続けていきたいと思っています。
子どもに対して気をつけていることは?(実際の場面などあれば)
SHINO産まれた後は、首が座るまでは不安で夜中に何度も「泣いていないか、呼吸しているか」と起きて確認したり、小さいときは自分が車の音が聞こえないから車道側ではなく内側を歩かせたりしていました。
あとは「音や声の大きさ」「挨拶」「言葉遣い」などの聴覚的な注意がなかなかできないので、視覚的なアンテナは常に張っています。

落ち着くのを待って話を聞くの繰り返しでした。
聞こえないから写真のように目を合わせて話すようにしてます。
――私の友人も口話で伝えてくれてるけど、通じなくて子供がわーッと泣いてしまったという似たエピソードがありました。私も次男にも似たようなことをこれから経験するかなと思いました。
聞こえる・聞こえないの壁はなくならない
――CODAを育てる中で大変だと感じることは?また、それをどう乗り越えていますか?
SHINO聞こえる・聞こえないの壁はなくならない。
「聞こえる」子どもと「聞こえない」私ができないことをどうしたらいいのかを考える子育てをしています。
私ができないことを伝えて、子どもがそれで困ることをどうしたらできるようになるかを一緒に考えるようにしています。
聞こえないことに関して言ってしまうと私が傷つくかなとか遠慮はしてほしくなかったので、会話は取るようにしていました。

私もバスケをやっていたので1on1付き合ってます。
これもコミュニケーションになってます。
発表会にて、歌を手話で歌ってくれた
――学校や保育園で印象に残っている出来事を教えてください (嬉しかったこと・困ったことどちらでも)
SHINO保育園でも小学校でも発表会にて、歌を手話で歌ってくれたことが嬉しかったです。
発表会が終わってから聞いたら、みんなで話し合って決めたそうで、さらに嬉しかったですね。
参観日や行事は私の顔を見て状況が少しでも分かるように教えてくれます。
――どうしたらお互い分かるようにしたらいいかを一緒に考えるようにしてきたからこそ、子供の行動の成長に感動しますね。
自分でどうしてもできないことは周りに関わることを意識している
――「聞こえる世界」と関わる中で、難しさを感じる瞬間はどんなときですか?
SHINO子どもが通う学校や習い事では、周りの方々の理解や協力がなければコミュニケーションを取ることが難しい場面もあります。
それでも、独身の頃と比べると、音声認識アプリや手話、ブギーボードなど、コミュニケーションの手段が増えたことで、とても助けられています。
また、自分一人では難しいことについては、聞こえる主人や周りの方々に甘えながら関わっていくようにしています。
――音声認識アプリや手話、ブギーボードなど、以前と比べて便利なコミュニケーション手段が増えていますね。
実際に“助かったな”と感じたエピソードなどがあれば、ぜひお聞きしたいです。
SHINO小学校に入学して学習懇談や二者面談の時に音声認識アプリを使いたいと、事前に先生に説明しました。
先生もダウンロードしてくれて周りに説明の上、使ってくれました。
また参観日の時はまだマスクが必要な時期で透明マスクを使ってくれたりと、おかげで内容がある程度理解できて助かりました。
――事前に説明することが大事ですよね。
――その中で、“聞こえるご主人や周りに甘えながら関わっている”という言葉がとても素敵だなと感じました。
私は周りを頼るのが苦手なので、上手に頼れるのすごいなぁと思って…!
もしよろしければ、学校や習い事などで、実際にどのように周りの方にサポートしてもらっているのか、
具体的なエピソードをお聞きしてもよろしいでしょうか?
SHINO聞こえる方が聞こえない人に出会った時、「どう接したらいいのか分からない」と感じることが多いのではないかと思っています。
そのため私は、
「耳が聞こえないので、書いていただいてもいいですか?」や、
「音声認識アプリを使ってもいいですか?」など、
自分にとってどのようなサポートがあると助かるのかを、
できるだけ分かりやすく伝えるようにしています。
実は、伝えるタイミングを逃してしまい、
後から気まずい思いをしたこともありました。
だからこそ今は、なるべく早い段階で聞こえないことをお伝えするようにしています。
そうするようになってからは、周りの方が自然と配慮して話してくださったり、フォローしてくださったりすることが増えました。
また、主人が近くにいる時は手話で通訳をしてもらうこともあります。
夫婦でカフェと農業を営んでいるため、仕事の面でもお互いに協力しながら柔軟に対応できていると感じています。
我が子が身についた“伝える力”
――CODAを育てて、子供から嬉しかったこと、感動したことなどエピソードを教えてください
SHINO手話を覚えて、自然に通訳してくれること。
主人が聞こえるので、普段から当たり前のように私に伝えてくれます。
そんな姿を見ているからか、子どもも
「今こう言ってたよ!」と、通訳が必要な場面になると
さらっと教えてくれるようになりました。
普段から、
「聞こえないと、こんな時に困るんだよ」
と子どもに話していることもあり、
テレビに字幕がついていないと、
自分たちで字幕設定をしてくれたり。
今どんな状況なのか、
“何もわからないまま”にならないように、
少しでも伝えようとしてくれる。
その優しさが、本当に嬉しくて。
毎回、小さく感動しています。
子育ても家事も、時々手抜き、時々真剣。
――同じようにCODAを育てている親へメッセージをいただけませんか?
SHINO子どもが生まれたとき、
子育てをしている先輩ママさんから
「大変なのは最初の10年だけだから、大事にしてね」
と言われました。
当時は毎日必死で、
正直そんなことを考える余裕もなかったけれど——
今、子どもが10歳になった時に思うのは
先輩ママさんの言葉は本当だったということ。
10歳になると、
自分の考えをしっかり持つようになり、
少しずつ自分の人生を歩き始めます。
だからこそ、
子どもらしく甘えてくれていたあの10年は、
今でも戻りたいくらい恋しい時間です。
そして、「十人十色」という言葉があるように、
子どもにもそれぞれ性格や考え方があります。
子育てに正解はないからこそ、
子どもを育てながら、親の私自身も成長させてもらっている気がします。
もちろん、親の私も失敗するし、時には子どもから怒られることも(笑)
子育ても家事も、時々手抜き、時々真剣。
そんなふうに、肩の力を抜きながら子育てしています。

旅行は家族でゆっくりできる時間なので、楽しむことに力を入れています♪
――ありがとうございました!
SHINO/大分県由布市生まれ。
2021年、11年間暮らした福岡県から家族みんなで大分県へUターンしました。
2023年秋、自家栽培のお米を使ったおむすびランチを楽しめる「ときのまかふぇ」をオープン。
お茶を飲みながら手話で気軽におしゃべりを楽しむ「手茶会」も開催中。
Instagram:@tokinoma_cafe

