中等度難聴ライターのナツです!
育児についての連載、第3回です
母である私は中等度難聴、子は難聴ではありません。
今回は、子とともに訪れるようになった、小児科と児童館でのできごとと、子が生まれてからの難聴に対する私の心情の変化をシェアします。
小児科のカルテ
しょっちゅうお世話になっているかかりつけの小児科。
初めて受診したときに、私(母)が難聴であることを伝えました。
いつからか、子のカルテの端にこんな付箋が貼られていました。
お母さん 難聴
私はそれを見つけたとき、とてもありがたい気持ちになりました。
難聴であることを何度も何度も伝えるのは、結構根気がいることです。
だからこうして、誰が見てもわかるように付箋を貼って共有してくれているのだと、嬉しく思いました。
ですが、難聴者だと認識してもらえたとしても
じゃあ、どのようにやりとりしたいか、ということは
その都度、私からきちんと意思表示する必要があると感じています。
いつも決まった一番わかりやすいコミュニケーション方法がない。
それが中等度難聴の難しいところです。
相手の話し方や声質、周りの環境、自分の体調によって、きこえ方が大きく変わるからです。
1対1であればきき取れる場合もあれば、マスクを外してもらいたいとき、筆談してもらいたいとき、文字起こしアプリを使いたいときもある。
その塩梅は、自分自身しかわかりません。
自分のことであれば面倒くさいしなんとなくわかればいいやと流してしまうようなことも、
子のこととなると、きちんと理解せねば! と思えるようになりました。
補聴器をつけていくことはもちろん、何度もきき返し、それでもきき取れなければ観念して
「筆談していただけますか……」「文字起こしアプリ使います……」と切り替えます。
こうすればきき取れる! 内容がわかる! という絶対の方法がないので、その都度、自分がわかる方法を自分から発信する必要があります。
相手や状況や環境によって、全然違う自分になっているような気持ちです。
だから中等度難聴者と関わる方は、「この間は声だけで会話してたのに」「他の人とは筆談なんてしてなかったのに」とどうか思わないで、状況によってきこえ方や使いたい情報保障手段が異なることがあるということを、ぜひ知ってほしいです。
児童館での小さなもめごとから気づいたこと
子が1歳になったばかりの頃。
滅多に行かない児童館に、たまには行ってみるかという気になり、足を運んだときのことです。
(子ども同士で同じおもちゃを巡って起こったもめごとを仲介するのが苦手なので、滅多に行かないのです)
おもちゃエリアで遊んでいると、しばらくして3、4歳くらいのお子さんと親御さんがやってきて、プラレールで遊び始めました。
乗り物好きの我が子の目がきらんと光り、高速ハイハイして行き、電車をガシッ。
うわ〜どうしよう。まさに懸念していた状況……。
相手のお子さんにも親御さんにも笑顔はなく、ピリッとした表情に見えました。
「今あの子が遊んでいるんだよ、返そうね」
と言うべきかどうか迷いましたが、言えませんでした。この一言で、子の気持ちも相手のお子さんの気持ちも、子ども同士の関わりもぜんぶ置き去りにしてしまう気がして。
結局、挨拶をしてからそのまま見守っていると、子は次から次へと電車を掴み、ますます目を輝かせていました。
一方、相手のお子さんは何かを言っていましたが、私はこの日補聴器をつけていなかったので、全くきき取れませんでした。表情や身振りから、我が子を歓迎していないことは明らか。
あっ。その子が、電車を投げた。それを親御さんが制止し、何か伝えている……。
ピリついた空気が流れました。
いつもだったら、「嫌だったよね、ごめんね」などと相手のお子さんに言い、相手の親御さんにも謝り、我が子を抱えてそこから引き離していたでしょう。そして、

あの子は自分が遊んでいるおもちゃを取られて怒っていたんだな。
親御さんは、「小さい子に優しくしてあげて。貸してあげて」「モノを投げないで」というようなことを言っていたのかな。
それにしてもあんまり愛想良くなかったな。私たちに関わりたくなさそうな雰囲気だったな。
やっぱり最初に電車に手を伸ばしたときに止めるべきだったかな。子の代わりに「一緒に遊んでもいいかな?」ときくべきだったかな。
と、一人でもやもやと考えていたでしょう。
しかし、このとき私はいつもと違う行動を取ってみました。

私、耳がきこえにくくて、その子が言ったこときこえなくて。電車を取られるのが嫌だった、とかですか……?
と、親御さんにきいてみたのです。
すると、こうおっしゃいました。
自分が遊んでいるおもちゃを触られたりしたときに、「もういい!やらない!」と怒っておもちゃを投げてしまうんです。本当は遊びたいのに、逆のことを言ってしまう。
嫌だった、やめてほしい、って気持ちを言えるようになってほしいんです。
だからいつも、嫌なことは言っていいんだよ、って伝えているんです、練習中なんです。
と。
そうなんだ!!!!
私がもやもやと考えていたことなんて、吹き飛んでいきました。
単に「電車を取られるのが嫌」なのではない。親子の背景には、一場面を切り取っただけではわからなかったことがありました。
私は、どうせきき取れないからと、初対面の人とのその場限りの会話をなるべく避けてきました。
そして主観的に見たことや感じ取ったことだけで勝手に想像していたのかもしれません。
「きこえないぶん想像する」とはいい表現だけれど、それはある意味決めつけでした。
私が想像できることは私の経験を超えないのだから、どうしたって狭く浅くなってしまうし、基本的にネガティブな私が想像することはネガティブになってしまいます。
思い切ってきいてみて良かった。私の想像できることなんか限られているな。と感じたできごとでした。
自身の難聴の捉え方に変化が
母になって、自身の難聴の捉え方に大きな変化がありました。
それは、産院、区役所、公園、児童館、小児科、幼稚園など、子とともに訪れる場所で「私、難聴です」とさらっと伝えられるようになったことです。
自分でも驚くべき変化でした。
私は診断を受けてから、学生時代、20代になっても、ずっと難聴であることをオープンにできなかったのです。
この人に打ち明けようと決心して対面しても、いつも心臓はばくばく、手汗が止まらず、涙目で声は震えていました。
それが、出身地を言うみたいにさらっと言えるようになったのです。
だって、この場所の主役は子だから。
難聴のことを相手にどう思われるかなんて言っていられない。
子についての大事な話を、きき取れなくてわからなかったなんて無責任なことは言えないから。
せっかく子どものお陰で訪れるようになった場所があり出会った人がいるのだから、会話を避けて適当にやり過ごさないようにしようと思えました。
それまで私の全視界を覆っていた「難聴」という問題を、子が生まれたことでちょっと脇に置くことができたのかもしれません。
子育て中は、子どものことを最優先にして自分のことは後回しにしがちですが、私にとってはそれがいい方向に働いたみたいです。
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