皆さん、こんばんは!
前回の記事はこちらです。
盲ろう者の働き方や現状、必要な配慮、「どのようにすれば共に働けるか」について紹介しています。ぜひあわせてご覧ください✨

1.はじめに——「見る・聞く」だけに頼らない案内へ
この記事では、私が触覚を通して社会とつながってきた経験と、これから触覚デザインを仕事として社会に届けていきたいという思いについて書きました。

今回は、駅、空港、商業施設、病院、学校、トイレ、エレベーターなど、私たちが日常的に利用する公共空間において、なぜ「触ってわかる案内」が必要なのかを考えます。
公共空間には、文字による案内表示、ピクトグラム、音声案内、電光掲示板など、さまざまな情報があります。これらは、多くの人が目的地へ移動したり、設備を操作したりするための大切な手がかりです。しかし、すべての人が同じように、見ることや聞くことによって情報を受け取れるわけではありません。障害の有無や年齢、国籍にかかわらず、今ある案内だけでは、情報を十分に理解しにくい場面があります。
だからこそ、これからの公共空間には、視覚や聴覚だけに頼るのではなく、触れることによって情報を理解できるデザインも必要だと私は考えています。
2.公共空間にある「わかりにくさ」
駅、商業施設、空港、病院、学校、福祉施設などでは、毎日、多くの人が移動し、さまざまな設備を利用しています。目で案内表示を確認できる人もいれば、音声案内を聞いて行動できる人もいます。
一方で、視覚や聴覚から得られる情報だけでは、目的地や設備の操作方法を理解しにくい人もいます。例えば、次のような設備があります。
- トイレの便器洗浄ボタン
- 非常呼出ボタン
- エレベーターの行先階ボタン
- 戸開・戸閉ボタン
- 浴室やシャワーの操作ボタン
- 飛行機や鉄道車両内の乗務員呼出ボタン
これらのボタンは、設置されている場所や施設によって、形や大きさ、並び方が異なります。また、複数のボタンが近い位置に配置され、触っただけでは役割の違いを判断しにくい場合もあります。
文字や記号を目で確認できなければ、「どのボタンを押せばよいのか」「このボタンを押すと何が起こるのか」がわかりません。
もし、ボタンの形、凹凸、素材、配置などに明確な触覚的な違いがあれば、触れることによって、

これは便器を洗浄するボタン

これは非常時に助けを呼ぶボタン

これは扉を開くボタン
と判断しやすくなります。
触覚による違いは、単なる装飾ではありません。利用者が自分で設備を理解し、安全に操作するための大切な情報になります。
3.私自身の経験から
私は先天性の盲ろう者として、日常生活の中で、触覚や身体の感覚を大切な手がかりにしています。
ある日、多目的トイレを利用した際、便器洗浄ボタンを押そうとして、誤って非常呼出ボタンを押してしまったことがありました。また、エレベーターを利用する時も、行先階ボタンや戸開・戸閉ボタンを押そうとして、非常呼出ボタンを押してしまったことが何度かあります。突然、非常呼出装置が作動した時、私はとても焦りました。
私は、特別な操作をしようとしていたわけではありません。
ただ、トイレを使い、エレベーターで目的の階へ移動しようとしていただけです。それでも、ボタンの役割の違いが触ってわかりにくいために、意図しない操作が起きてしまいました。
このような出来事は、利用する人の注意力だけの問題ではありません。
必要な情報が、
- 目で見ることのできる文字や記号だけで示されていること。
- 異なる役割を持つボタンが、触った時には似た形をしていること。
- 施設によってボタンの位置や配置が大きく異なること。
こうした環境やデザインにも、間違いが起こる原因があるのではないでしょうか。
利用者に「間違えないように注意してください」と求めるだけでは、根本的な解決にはなりません。誰もが間違いにくく、安心して操作できる環境を、設備や空間の側からつくることが重要です。
4.触覚デザインは、一部の人だけのためではない
触ってわかる案内は、視覚障害者や盲ろう者だけのためのものだと思われるかもしれません。しかし、触覚的な情報は、より幅広い人に役立つ可能性があります。
例えば、暗い場所や停電時には、普段は目で情報を確認している人も、表示を読み取りにくくなります。急いでいる時や疲れている時には、似たボタンを押し間違えることがあります。子どもや高齢者にとっても、文字だけの説明より、形や凹凸の違いがある方が理解しやすい場合があります。また、外国語の文字が読めなくても、形や触感によって設備の役割を直感的に理解できる可能性があります。
触覚デザインは、視覚や聴覚による案内に代わるものではありません。文字、色、ピクトグラム、音声、光、振動など、複数の情報伝達方法と組み合わせることによって、案内をさらにわかりやすくするものです。
一つの感覚だけに情報を集中させるのではなく、見る、聞く、触るといった複数の方法から情報を受け取れるようにする。そのような環境があれば、一人ひとりが自分に適した方法を選ぶことができます。それは、特定の人に対する特別な配慮ではなく、誰もが安心して公共空間を利用するための、社会全体のデザインだと私は考えています。
5.これからの公共空間に向けて
これからの公共空間には、障害の有無、性別、年齢、国籍などにかかわらず、多様な人に情報が伝わる案内が求められています。そのためには、設備を設計する段階から、実際に利用する人の身体感覚や行動を丁寧に考える必要があります。見た目を整えるだけでなく、
- 触った時に役割の違いがわかるか
- 初めて利用する人でも理解できるか
- 間違えて非常ボタンを押しにくい配置になっているか
- 施設が変わっても、同じような方法で操作できるか
- 緊急時にも落ち着いて判断できるか
といった視点が重要です。
また、当事者を完成後の評価に招くだけではなく、企画や設計の初期段階から参加してもらうことも必要です。実際に設備を利用する人の経験には、図面や数値だけでは見つけにくい課題が含まれています。当事者、デザイナー、設計者、施設管理者、企業、行政などが一緒に考えることで、より安全で、わかりやすく、使いやすい環境をつくることができます。
私はこれまで、自分自身の経験と研究をもとに、触ることで役割を判断できる「触覚サインボタン」などを制作してきました。
今後は、公共施設や交通機関、企業、自治体、教育機関、福祉施設など、さまざまな方々と協働しながら、触覚を生かした案内や設備の可能性を、実際の社会の中で検討していきたいと考えています。
6.おわりに——触れることから、安心できる社会をつくる
私が願っているのは、触覚だけですべてを解決することではありません。視覚、聴覚、触覚など、複数の感覚を通して情報を受け取ることができ、一人ひとりが安心して行動できる公共空間が増えていくことです。
設備を使うたびに、「間違えたらどうしよう」と不安を感じるのではなく、自分で確認し、自分の判断で操作できること。それは、日常生活の安心だけでなく、その人の自立や尊厳にもつながります。
誰かが使いにくいと感じている場所には、まだ見つかっていないデザインの課題があります。そして、その課題を見直すことは、結果として、より多くの人にとって使いやすい環境を生み出します。
触れることで、情報が伝わる。
触れることで、不安が安心に変わる。
触れることで、自分の力で行動できる。
私はこれからも、盲ろう者としての経験と、研究・制作を通して得てきた知識を生かし、触覚の視点から、人と空間、人と社会をつなぐデザインに取り組んでいきたいと思います。

