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はじめに――言葉だけでは伝わらないもの
私たちは会話をするとき、言葉だけを受け取っているわけではありません。相手の表情やうなずき、周囲の笑い声、その場の雰囲気など、さまざまな情報から相手の気持ちや状況を理解しています。「話を聞いている」「わかる」「面白い」といった反応も、人と人とのコミュニケーションを支える大切な要素です。
盲ろう者は、一人ひとりの見え方や聞こえ方に応じて、弱視手話、触手話、指点字、手書き文字、音声など、さまざまな方法で会話をします。しかし、話の内容を理解できても、「相手が笑っている」「誰かが近づいてきた」「周囲の雰囲気が変わった」といった情報までは、十分に伝わらないことがあります。そこで私が注目しているのが、プロタクタイル(Protactile/PT)です。
フランスで感じた、触れることの力
私は2026年6月25日から7月10日までフランスを訪れ、国際手話芸術祭などを通して、さまざまな国や地域のろう者、盲ろう者と交流しました。そのなかで、手や腕、肩などへの触れ方を通して、相手の反応を受け取る体験をしました。使っている言語や手話が違っていても、「話を聞いている」「わかる」「一緒に楽しんでいる」という気持ちが、相手の身体から直接伝わってきました。そこには、言葉だけでは得られない安心感と、人とつながっているという実感がありました。
私はそれまで、コミュニケーションを「相手から情報を受け取ること」と考えることがありました。しかし、この体験を通して、コミュニケーションとは、一方的に情報を受け取ることではなく、お互いに反応を返しながら、同じ時間と空間を一緒につくることでもあると気づきました。
プロタクタイルとは何か
プロタクタイルは、アメリカ・シアトルの盲ろう者たちを中心に発展してきた、触覚を中心にコミュニケーションを考える実践であり、文化です。たとえば、会話の途中で、相手の手や腕などに触れ、「わかる」「そうだね」「面白い」といった反応をその場で返します。また、人の位置や動き、周囲で起きていることなどを、触覚を通して伝えることもあります。
プロタクタイルで大切にされているのは、目や耳から得られる情報を、ただ触覚に置き換えることではありません。触覚そのものを、人とつながり、気持ちや反応、周囲の状況を共有するための大切な感覚として捉えることです。
話の内容だけでなく、「今、ここで何が起きているのか」を、お互いに身体で感じながら共有するところに、プロタクタイルの大きな特徴があります。
弱視手話・触手話とプロタクタイルの違い
弱視手話は、相手の見え方に合わせて、手話の位置や大きさ、距離、服装、明るさなどを工夫し、目で手話を読み取る方法です。
触手話は、相手の手に触れながら、手話の動きや形を読み取る方法です。弱視手話や触手話を使って、会話の内容や周囲の状況を言葉として説明することもできます。
一方、プロタクタイルでは、話の内容に加えて、相手の反応や周囲の動きなどを、手、腕、肩、背中などへの触れ方によって、その場で伝えることがあります。たとえば、相手が笑っていることや話にうなずいていること、誰かが近づいてきたこと、その場にいる人たちが盛り上がっていることなどを、触覚を通して共有します。
つまり、弱視手話や触手話が「何を話しているのか」を伝えるうえで大切な方法であるのに対し、プロタクタイルは、「相手がどのように反応しているのか」「周囲で何が起きているのか」も一緒に伝えようとする考え方です。どちらか一つを選ぶのではなく、それぞれの特徴を生かしながら組み合わせることで、より豊かなコミュニケーションにつながると私は考えています。
プロタクタイルを日本へ
私は、日本でもプロタクタイルについて知り、実際に体験できる機会を増やしたいと考えています。そのためには、海外の方法を、日本の盲ろう者、通訳・介助者、家族、教育や福祉の関係者、研究者などが体験し、意見を交わすべきだと思います。
まずはプロタクタイルを知ることや実際に試しながら、「どのような触れ方がわかりやすいのか」「どのような場面で役に立つのか」を、みんなで考えていく必要があります。
身体に触れられることへの感じ方は、人によって異なります。そのため、どこに、どのように触れてよいのかを事前に確認し、本人の希望や同意を大切にすることも欠かせません。
私は、多くの盲ろう者や通訳・介助者、周囲の人たちと対話しながら、日本の文化や生活に合ったプロタクタイルのあり方を探っていきたいと思います。
おわりに――同じ場にいることを、身体で感じる
私は盲ろう者として、話の内容は理解できても、相手の表情や周囲の反応がわからず、自分だけがその場から離れているように感じることがあります。触手話、弱視手話、指点字、音声などは、会話の内容を伝えるために欠かせない方法です。しかし、それらに加えて、相手の反応や周囲の様子を触覚で共有できれば、盲ろう者はその場に起きていることを、より深く感じられるようになります。触覚を通して情報を受け取ることは、単に「わかることが増える」というだけではありません。
「自分も、この場の一員である」そのことを、身体を通して感じることにつながります。
プロタクタイルは、これまでのコミュニケーション方法を否定したり、置き換えたりするものではありません。弱視手話、触手話、指点字、音声などを大切にしながら、コミュニケーションをさらに豊かにする可能性を持っています。私は、盲ろう者が周囲の人たちと反応を交わし、同じ時間と空間をともにしていると感じられる社会をつくりたいと考えています。そのために、プロタクタイルを知り、学び、体験できる場を日本でも増やしていきたいです。触れることから、人と人との新しいつながりが始まります。

