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私は2026年6月25日から7月10日まで、3名の友人とともにフランスを訪れました。
今回の渡航の大きな目的は、フランス北部の都市、ランス(Reims)で開催された国際手話芸術祭「Clin d’Oeil(クリン・ドイユ)」に参加することでした。その前後には、ポワティエやパリにも滞在し、歴史ある街並みや豊かな自然、芸術に触れるとともに、現地で暮らすろう者・盲ろう者をはじめ、多くの人々と交流しました。
石に触れ、街の歴史を感じる
最初に滞在したのは、フランス・ポワティエです。ポワティエには、中世から残る教会や石造りの建物が数多くあり、石畳や坂道が続く歴史ある街並みが広がっています。日本の都市とは異なる道の形や建物のたたずまいに触れながら、長い年月を重ねてきた街の時間を感じました。
私は盲ろう者として、建物の壁や柱、道に敷かれた石に手で触れながら街を歩きました。石の冷たさや温度、凹凸、長い年月の中で人々に触れられ、少しずつ滑らかになった石。その一つひとつの感触が、その場所に刻まれてきた時間を伝えてくれました。それらは、写真や映像だけでは十分に伝わらない情報です。
歴史は、目で見るものだけではありません。手で触れ、足の裏で道の変化を感じ、身体全体で受け取ることもできます。ポワティエの街を歩きながら、私はそのことを改めて実感しました。




自然の中で出会った、多様な触感
ポワティエの近くにあるヴァルディヴィエンヌでは、現地のろう者の方々に案内していただき、養蜂場や牧場を訪れました。広々とした土地には、日本とは異なる雄大な風景が広がっていました。建物や道、草木、動物のいる環境からも、その土地ならではの暮らしや文化が感じられました。
自然の中には、人工物とは異なる、予測のできない多様な触感があります。草の柔らかさ、土の状態、木材の表面、風や気温の変化など、手だけではなく、身体全体で環境を感じる時間となりました。また、現地の方々との交流では、国や言語が異なっていても、手話や表情、身振り、触れ合いを通して、お互いを理解しようとすることができました。
コミュニケーションとは、言葉を正確に置き換えることだけではありません。相手を知りたい、伝えたいという気持ちそのものが、人と人をつなぐ大切な力になるのだと思います。

国境を越えて人が集う「Clin d’Oeil」
7月2日から5日までは、ランス(Reims)で開催された国際手話芸術祭「Clin d’Oeil」に参加しました。
会場には世界各国から、ろう者や手話を使う人々、アーティスト、関係者が集まり、演劇、ダンス、映像、美術など、さまざまな表現が紹介されていました。
国籍や文化、使用する手話が異なっていても、そこには「相手のことを理解したい」という姿勢が自然に生まれていました。同じ手話を使っていなくても、国際手話や身振り、表情を組み合わせながら、少しずつ意味を確かめ合うことができました。一度の出会いから新しい交流が生まれ、そのつながりがさらに別の人へと広がっていきました。
自分の文化や言語を大切にしながら、違いを恐れずに相手と向き合うこと。その積み重ねが、国境を越えたつながりを生み出していくのだと感じました。言葉や国籍の違いを越えて、人と人がつながる喜びを実感した時間でした。
大聖堂の石が伝える、長い時間
ランス滞在中には、世界遺産に登録されているノートルダム大聖堂も訪れました。長い螺旋階段を登ることは、想像していた以上に大変でした。段差を一つずつ確かめながら進み、頂上にたどり着いたときには、大きな達成感がありました。私にとって特に印象に残ったのは、石壁や彫刻に触れた瞬間です。
表面の凹凸、石の硬さ、重厚感。人の手によって形づくられ、風雨にさらされながら何百年もの時間を受け継いできた石からは、建築物の大きさだけではなく、そこに込められた技術や祈り、人々の営みまで伝わってくるように感じました。建築を理解するためには、建物の全体像を見ることだけでなく、素材に触れ、その重さや形、温度を感じることも大切です。触れることによって、遠い過去に生きた人々の仕事や思いが、現在を生きる自分の身体へとつながってくるようでした。



「見る場所」から、誰もが感じられる美術館へ
パリでは、ルーヴル美術館とオランジュリー美術館を訪れました。
美術館というと、「作品を目で見る場所」という印象があります。しかし館内には、作品を立体的に表現した触察模型や、絵画の構図を触って確認できる触知図などが用意されていました。
触察模型や触知図は、単に視覚情報を触覚へ置き換えるためのものではありません。作品と出会うための新しい入り口をつくるものです。目で作品を鑑賞する人にとっても、立体的な形や素材に触れることで、それまで気づかなかった構造や特徴を発見できる可能性があります。
触れて鑑賞できる環境が整うことで、美術館は一部の人だけの場所ではなく、より多くの人が自分なりの方法で芸術を感じ、考え、楽しむ場所へと広がっていきます。
私は、美術館におけるアクセシビリティとは、作品の説明を付けることだけではなく、一人ひとりに異なる鑑賞方法があることを認め、その選択肢を増やしていくことだと感じました。


夢見ていたパリの風景
パリでは、凱旋門の展望台から街を眺めました。凱旋門を中心として、道路が放射状に広がるパリの都市計画は、とても印象的でした。街全体が一つの大きな構造として設計されていることを感じました。その先には、以前から「いつかこの場所で感じてみたい」と願い続けてきたエッフェル塔がありました。
その姿を確認した瞬間、長年抱いてきた夢が現実になったことを実感し、胸がいっぱいになりました。私にとって旅とは、有名な場所を訪れることだけではありません。これまで写真や文章、人からの説明を通して想像していた場所に、実際に自分の身体で立つこと。そして、その場所の空気や距離、広さ、音、振動を受け取ることです。画面の中にあった風景が、自分自身の経験へと変わった瞬間でした。



触覚から生まれる、新しいコミュニケーション
今回の旅では、世界各国のろう者・盲ろう者と交流する機会がありました。その中で特に心に残ったのは、触覚を使って周囲の状況や感情を伝えるコミュニケーションです。相手の腕や肩、背中などに触れ、周囲で起きていることや会話に参加している人の反応を共有することがあります。笑っていること、うなずいていること、人が近づいてきたことなどを触覚で伝えることで、盲ろう者もその場の空気や人々の感情を受け取ることができます。
触覚は、物の形を確認するためだけの感覚ではありません。人の存在を感じ、気持ちを共有し、自分がその場の一員であることを知るためのコミュニケーションでもあります。情報が十分に伝わることで、盲ろう者は受け身で案内されるだけではなく、自分で状況を判断し、会話に参加し、行動を選ぶことができます。触覚による情報共有は、人の自立や主体性を支える大切な方法でもあるのです。
フランスで得た経験を、これからの社会へ
約2週間のフランス滞在は、私にとって、これまでの考え方をさらに大きく広げる旅となりました。歴史ある街並みや建築、芸術、美しい自然に触れただけでなく、世界各国のろう者・盲ろう者との交流を通して、「触れること」が持つ新たな価値を学ぶことができました。
これからも国内外で多くの人々と出会い、学び合いながら、触覚を通して人と人、人と社会をつなぐ活動を続けていきたいと思います。そして、フランスで得た経験を、日本の公共空間や美術館、教育、福祉、デザインの現場に生かし、誰もがそれぞれの感覚を通して情報や文化に触れられる社会をつくっていきたいと考えています。

