知っているようで知らない!?バリアフリー日本語字幕の世界④(前編)

知っているようで知らない!?バリアフリー日本語字幕の世界④

映画を楽しむ要素は、ストーリーや俳優、映像の美しさだけではありません。
その「体験」は、どんな環境で、どのように鑑賞できるかによって大きく左右されます。

「字幕があれば、もっと楽しめる人がいる」

このシンプルな事実を、多くの人は“知識”として知っていますが、それを“実感”として理解している人はどれほどいるのでしょうか?
バリアフリー字幕と聞くと、「聴覚障害者のためのもの」と思われがちですが、実際にはユーザーはそれだけではありません。
例えば、高齢者や日本語を学ぶ外国人、音を出せない環境で観る人、聞こえていても字幕がある方が理解しやすい人…。
字幕があれば、映像作品を楽しめる人は確実に広がるのです。

しかし、現状はどうでしょうか?
映画館で字幕付き上映を探しても、回数や場所が限られていたり、字幕対応メガネも取り扱う劇場が少なかったり、数に限りがあったりと問題はさまざまです。
ここ数年で、映画のバリアフリー化は飛躍的に進み、「邦画では、ほぼすべてバリアフリーになった」という記事を見ました。
果たして本当にそうでしょうか?

“音声ガイドをつけること”や“字幕をつけること”がゴールではない。映画館で上映され、観客が自由に選べる状況になって初めて意味があるものになるのではないかと思っています。

この対談では、映画・アニメ業界のさまざまな立場の6人が集まり、「映画におけるバリアフリー字幕上映の現状と未来」について語り合いました。
字幕付き上映を求める人のリアルな声。制作や配給の現場で直面する課題。そして、業界がこれから目指すべき方向とは?
「字幕があることで、映画の楽しみ方が広がる」—— この考え方がもっと当たり前になったとき、映画の未来はどう変わるのか?
そのヒントを探るための対談を、前編・後編にわたってお届けします。

登場人物(仮名)

みかん(バリアフリー字幕制作者)
山田(監督・プロデューサー)
丸山(アニメ制作進行、聴覚障害者、字幕ユーザー)
進藤(アニメなどの企画・制作担当、子どもがろう者)
有馬(配給会社勤務)
依島(バリアフリー作品の進行・管理・統括を行う部署に所属)

目次

1.「観たいのに観られない?」字幕付き上映のいま

みかん(バリアフリー字幕制作者)
まず、「日本におけるバリアフリー字幕付き上映の現状」です。
私は字幕制作者として仕事を通じて、多くの方々が「もっと映画を楽しみたいのに、字幕付き上映が少ない」と感じていることを実感しています。
特に、聴覚障害のある方や、音声の情報の処理が苦手な方などから「選択肢が少なすぎる」という声を頻繁に耳にします。
今回の対談では、現場の視点から、現状や課題について話していければと思います。
最初に、実際に字幕付き上映を利用する側として、丸山さんはいかがですか?

丸山(アニメ制作進行、聴覚障害者、字幕ユーザー)
私自身、聴覚障害があるので、映画を観るときは基本的に字幕が必要です。
でも、映画館で字幕付き上映を探しても、ほとんど選択肢がありません。
アニメ映画だと、公開から数週間後にようやく字幕付き上映が設定されますが、回数は少なく、劇場も限られています。観たい作品があっても、上映時間やアクセスの問題で諦めざるを得ないことが多いですね。
もはや呼吸をするのと同じですね(笑)

進藤(アニメの企画・制作)
僕の子どもも ろう者なので、丸山さんの話はよく分かります。
うちは家でVOD(動画配信サービス)やDVDで映画を楽しんでいますが、映画館に行くという選択肢自体がそもそもないです。映画館に行こうという話にすらならない。
僕自身は子どもの頃、映画館での体験が今でも大切な宝物なんです。それを自分の子どもに体験させてあげられないというのは…これはけっこう深刻な問題だなと感じています。

山田(監督・プロデューサー)
現場ではここまでニーズが高いとは知らなかった、というのが正直なところです。
最近は、SNSなどで直接的なフィードバックを得られるようになったので、字幕の必要性を訴える声が多くあると分かりました。しかし、制作現場としては予算やスケジュールの制約があるため、対応が難しかったり、遅れてしまったりという部分があるのも事実です。

有馬(配給会社勤務)
配給側としても悩ましいところです。
字幕付き上映が増えない背景には、映画館側の事情もあります。上映スクリーンの割り振りや回数は基本的に劇場が決めます。そのため、「字幕付き上映を増やしたい」と思っても、簡単に実現できるものではありません。

依島(バリアフリー作品の進行・管理・統括を行う部署に所属)
さらに、“どれくらいの人が字幕付き上映を求めているのか”が可視化されないのも大きな課題ですよね。
例えば、字幕が必要な人が「この映画の字幕付き上映が欲しい」とリクエストしても、その声が劇場や配給にどれほど届いているのかも不透明。結局、“確実に観客が来るか分からないからやらない”という流れになりがちです。

みかん
なるほど…。字幕付き上映が少ないのは、技術的な問題ではなくて、“需要がどれくらいあるのか分からないから、ビジネスとして成立するか不透明”ということなんですね。

丸山
でもそれって“データがないからやらない”のではなくて、“やらないからデータが取れない”という話でもあると思うんですよ。もし、もっと積極的に字幕付き上映を増やしてみたら、思った以上に求めている人が多い、という結果が出るかもしれないのに…。

山田
確かに。需要を掘り起こすためには、まずは上映機会を増やすことが必要ですね。
でも、「やりますか?」と聞かれて、首を縦に振る企業がどれほどあるか…(苦い顔)。
応援上映*の一環として字幕付き上映が実施されることもありますが、本来は誰もが自由に選択できて楽しめるもののはずなのに、「応援上映用の字幕」として捉えられることで誤解や齟齬が生まれている気がする。
字幕付き上映の意義が、本来の目的とは違う方向に向いてしまうのが、とても賛成はできない。しかしまずは知ってもらわないと増えないというビジネス的なプロセスもある。

*応援上映とは…映画館で上映中に観客が声を出して声援を送ったり、コスプレをしたり、ペンライトを振って楽しんだりする新しい鑑賞スタイル。同様にチアリング上映、発声型上映、絶叫上映、声出し上映などがる。

昨年上映された、日本語字幕付きの応援上映の一部です。

進藤
バリアフリー対応作品が増えた背景には、合理的配慮の義務化も影響していますよね。ただ、現状では義務化といっても、対応しなくても問題にならないケースが多くある気がします。その曖昧さが、字幕付き上映の普及も妨げているのかもしれませんね。

有馬
配給側としても、観客動向が見えれば、ビジネス的に成立する可能性を探れると思います。
でも、今は具体的なデータがないまま議論している状態。
映画館としては、「上映しても収益が伸びる保証がない」と判断されると、どうしても優先順位が低くなってしまうんだと思います。

依島
だからこそ、「字幕付き上映=特別なもの」ではなく、「当たり前の選択肢」の一つになるようにする必要がある。
今のままだと、“字幕付き上映=特別対応”という意識が強すぎる。その意識を変えないと、継続的な取り組みにはつながりにくいと思います。

みかん
確かに、字幕付き上映は ごく一部の人のためのもの ではなく、広く誰でも利用できるものとして認識されることが重要ですね。“字幕がないと映画を楽しめない人”に向けて作られているという意識が強いけれど、本来は“選択肢の一つ”として用意されているべきものなんですよね。

丸山
そうなんです。私たちにとって字幕は必須ですが、実際には聞こえる人でも字幕があったほうが便利な場面って多いと思うんですよ。
例えば、音の小さいセリフを聞き逃さずに済むとか、難しい言葉の意味を視覚的に理解できるとか。
だからこそ、“字幕付き上映は特定の人向けのもの”という固定観念をなくして、誰でも利用できるものとして広まってほしいというのが当事者としても、作る側としても願っています。

2.字幕付き上映が少ないのはなぜ?映画業界の裏事情

みかん
先ほどの話で、バリアフリー字幕付き上映を増やすには、「ビジネスとして成立するかどうか」も大きなポイントだとありました。では、配給や制作の立場から見たときに、どんな課題があるのでしょうか?

有馬
一番のネックはコストです。音声ガイドや字幕の制作には当然費用がかかるし、それを上映するための準備や設備を整えるのにも費用が発生します。
配給の現場では、何か新しい施策を導入する場合、“数字での裏付け”が求められるので、「字幕付き上映が本当に利益につながるのか?」という不透明な部分があると、なかなか踏み切れないんです。

依島
制作の現場でも同じですね。映画を作る企画段階でバリアフリー対応の予算を確保できればいいんですが、優先順位が低いために後回しになりがちなんです。近年は制作費の削減が求められ、バリアフリーの制作費が真っ先に削られることも珍しくはありません。
それに、配給方式の問題もあると思います。
上映形態には「歩率」や「フラット」といった買取方式があって、それによって上映期間や最低上映回数が変わってきます。例えば、歩率契約だと映画の収益が配給会社と映画館で分配される仕組みなので、思ったような動員がなければ劇場側のリスクが大きくなる。そのため、劇場が字幕付き上映を渋る要因の一つになっているように感じます。

進藤
そもそも、バリアフリー対応が“特別なもの”という業界に限らず、社会的認識になっていること自体が問題ですよね。
例えば、映画の予算に“音響”や“編集”が標準工程として費用が組み込まれるのは当たり前なのに、“字幕”や“音声ガイド”は特別枠になっている。もし最初から制作工程の一部として考えられていれば、こんなにハードルが高くならないはずなのに…。

山田
そうなんですよ。音響制作では5.1chやドルビーアトモスのミックス費用は当然のように予算に組み込まれるのに、バリアフリー費用は“オプション扱い”になっている。だから、追加予算が取れなかったら制作されないし、最悪の場合、“あとで何とかする”みたいな流れになってしまう。

丸山
でも、それって変じゃないですか? 映画って音があるのが当たり前、映像があるのも当たり前なのに、字幕や音声ガイドは“特別な対応”って……。確かに字幕は必要ですが、私たちは“当事者”を“当事者”とは思っていないんですよね。アニメのヒーローが、「自分はこの物語の主人公だ!」と思っていないのと同じ…と例えれば良いでしょうか。

みかん
確かに、そうですね。字幕や音声ガイドが“特別なもの”だから後回しになるし、後回しになるから“必要なもの”と認識されにくい…。この悪循環があるわけですね。

有馬
この悪循環を断ち切るには、やっぱり“字幕付き上映はビジネスとして成り立つ”という確信が必要なんですよ。
ヘイトのように聞こえるかもしれませんが、例えば、バリアフリー対応をした作品が、字幕なしの作品よりも多くの観客を呼べたとか、興行収入にプラスの影響を与えたとか、具体的なデータが出てくれば経営判断もしやすくなると思います。
日々の動員や興収を劇場から報告してもらっていますが、あまりにも上映する劇場が限定的なので全体が明確になっていないんです。

依島
やはり、字幕付き上映が経済的にもメリットがあるというデータが蓄積されていくことが必要ですね。
法律でいくら義務化されたところことろで、明確な罰則がないのもどうでしょうか…。
今後は企業としても真剣に対応していく必要がありますが、何をどんなふうに合理的配慮の範囲内で、どこまで対応できるかを明確にしていくことも、今後の課題と感じます。

山田
海外では、バリアフリー対応が最初から用意されていることが多いですよね。字幕がついているから観客が増える、だから字幕を標準化する…こういう流れができている国は、実際にあるわけだから。

進藤
でも、日本の映画業界は“興行収入の最大化”が最優先なので、「字幕付き上映が売上にどう貢献するか」を証明しないと、なかなか動かないですよね。

有馬
そう!配給側が動くためには、まず数字が必要なんです。
だから、字幕付き上映の観客データをもっと取ることが、今後の大きな課題になるかもしれません。

丸山
でも、そのデータを取るためには、まず上映回数を増やさないといけないですよね。“上映回数が少ないから観客が少ない”のか、“そもそも本当に需要がないのか”も分からない。

みかん
つまり、“やらない理由を探す”のではなく、“やってみて何が起こるのかを検証する”ことが大事ということですね。
…見事な堂々巡り(笑)。

一同
(笑)

3.映画館は「オワコン」じゃない!字幕付き上映が変える未来

みかん
ここまで、字幕付き上映の現状やビジネス的な課題について話してきました。
次に「映画業界全体として、字幕付き上映は今後どうなっていくのか」について考えてみたいと思います。
コロナ禍が明けてから、映画業界は回復傾向にあるようですが、ここ数年は大きなヒット作が少なく、業界全体が厳しい状況にあると聞きます。
字幕付き上映にも影響が出ているのでしょうか?

山田
言い訳になってしまうのですが…(笑)。その通りですね。
映画業界全体では回復してきているものの、最近は目立ったヒット作が少なくて、制作側や配給会社も苦戦しています。その結果、バリアフリー上映にかかるリソースやコストがさらに制限されることもあります。
確実に、映画館に足を運ぶ理由を聞かれる時代になっていますね。

有馬
正直、このままでは映画全体がオワコン(終わったコンテンツ)になってしまう危機感も感じます。それでも、映画館に足を運ぶ価値は確かにあるはずです。
例えば、映画館で過ごす時間を楽しんだり、友達と一緒に観て語り合ったり、原作が好きだったり、好きな俳優が出ている。あるいは何となく「観たい」と思ったり。
観客の期待に応えることができれば、また劇場に足を運んでもらえるのではないでしょうか。

山田
映画館の在り方も変わっていく必要があるかもしれませんね。
最近はミニシアターが積極的に字幕付き上映を行っていることが増えました。ミニシアターは経営が厳しく、シネコンも上映作品の選定がよりシビアになっていますが、字幕付き上映が劇場の差別化要素となれば、状況は変わるかもしれませんね。

有馬
確かに。ミニシアター系は、大手シネコンやチェーンと違って独自の取り組みをしやすいですよね。字幕付き上映を進めることで、“バリアフリー対応に力を入れている劇場”というブランド価値を持つことができる。
だからと言ってミニシアターばかりに依存する社会になってもいけない。

日本で唯一のユニバーサルシアター、シネマ・チュプキ・タバタ。
上映する全ての作品に日本語字幕と音声ガイドを標準化している。

丸山
ただ、劇場だけに負担を押し付けるのも厳しいですよね。字幕付き上映を増やすためには、配給側や制作側も協力しなければならない。
最初から“全ての作品に企画段階からバリアフリー制作工程を含む”という方針を業界全体で決めてしまえば、特別なことではなくなりそうですが…。

進藤
本当に。業界全体で“バリアフリーは標準装備”という意識が広まれば、大きな変化を生むはずです。
ですが、それを実現するためには、やはり“字幕付き上映が求められている”という強いニーズを示す必要があります。観客側からの要望をもっと可視化するとか…。

みかん
実際に、字幕付き上映の要望ってどれくらいあるんでしょうか?

一同
(しばしの沈黙)

丸山
私の周りには、字幕付き上映があるなら行くという人は多いです。
でも実際に映画館に行っても、字幕付きの回が少ないし、字幕対応メガネとの相性が合わなかったり、“せっかく行っても観られない”という経験が続くと、だんだん映画館から足が遠のいてしまうんですよね。

山田
それは映画館にとっても機会損失ですね。潜在的なお客さんがいるのに、上映回数が少なすぎて取りこぼしているかもしれませんね。

依島
そうなんです。だからこそ、選択肢を増やすことが大事なんですよね。
「字幕付き上映がないから行かない」のではなく、「字幕付きがあれば行く」という声がもっと広がれば、映画業界の意識も変わると思います。

みかん
結局、字幕付き上映が今後どうなるかは、“観客の声をどう業界に伝えるか”もポイントになりそうですね。
ここまでの話を聞くと、データの収集と、映画館・配給・制作側の意識改革が必要だということが見えてきました。

進藤
業界全体で“字幕付き上映は特別なものではない”という意識を持つことが大事ですね。
そうなれば、字幕付き上映も含めた映画業界の未来は明るくなると思います。子どもと一緒に楽しめますし。

みかん
今回はここまでとして、次回はもう少し踏み込んで、「現場での取り組みや字幕付き上映の課題と未来」について掘り下げていきます!ありがとうございました。

後編もお楽しみに!

楽天市場およびAmazonのアソシエイトとして、当サイトは適格販売により収入を得ています。

知っているようで知らない!?バリアフリー日本語字幕の世界④

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この記事を書いた人

初めまして!字幕ライター/ディスクライバーの みかん です。
字幕ライターとしては、まだまだ精進の日々です。
私生活では2児の母でもあります。長女が視覚言語優位のため、手話を交えた会話がメインです。「みかんの字幕だから観に行きたい!」と思ってもらえるような制作者を密かに夢見ています。
==========
障害者差別解消法が改正され、合理的配慮が義務になりました。
何かしらのカタチで「字幕」や「音声ガイド」に触れる機会が多くなりました。
しかし、エンタメやメディア、舞台や芸術総合においてはまだまだ対応が遅れているのが現状です。
"聞こえる・聞こえない・聞こえにくい"を超えて、情報保障(鑑賞サポート)で
ありながらも、それ自体も作品の一部となるような、作品に寄り添った字幕作りに奮闘しています。
なかなかハードスケジュールな字幕制作の過程や、経験談など字幕ライターとして発信していきます。
どうぞ、よろしくお願いいたします!!

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