デフリンピックを応援して見えてきた──スポーツとインクルージョンの未来

上のタイトル「デフリンピックを応援して見えてきた」 真ん中にはイラストで左順から水泳でスタート台でスタンバイしている様子、バレーでサーブを打つ様子、自転車に乗る様子、陸上でスタートランプを見ながらスタンバイしている様子。 下には「スポーツとインクルージョンの未来」

こんばんは!

前回の記事はこちらです!世界のろう者と盲ろう者と触れ合い、感じたことを紹介していますので、ぜひあわせてご覧ください✨

デフリンピックを応援して、たくさんの感動や気づきがありました。今回はその体験を紹介します。

目次

はじめに

2025年11月、日本で初めてデフリンピックが開催されました。世界中からろう者の選手や観客が集まり、会場には手話や視覚的なサインが自然に飛び交い、音がなくても熱気が伝わる応援が広がっていました。

応援に行った理由

私は今回、陸上競技、自転車競技、卓球、水泳、バレーボール、バスケットボール、テニスなど、さまざまな競技の応援に足を運びました。その背景には、私にとって大切な理由があります。

子どもの頃から20年以上お世話になっている恩師のご夫妻が、日本代表として自転車競技に出場されたためです。また、ろう学校の小学生時代の同級生の夫が日本代表として陸上競技に出場したこともあり、彼らの勇姿をぜひ応援したいと思いました。

私が感じた“身体が語る力”

デフリンピックでは、選手たちがメダルを目指して努力し続ける姿が、ひとつひとつの動きから伝わってきました。言葉を超えて、身体そのものが物語を語っているように感じました。

陸上競技

スタート前、選手は集中して静かに構え、スタートの瞬間に一気に前へ走り出します。

ゴールを目指して懸命に走る姿に、会場から手話の応援が大きく湧き起こりました。日本代表選手がメダルを獲得した際には、会場中が喜びに包まれました。

卓球──青春の記憶がよみがえった瞬間

卓球競技では、選手が一球一球に向き合う姿が胸に強く響きました。私は中学・高校の6年間、卓球部に所属していました。卓球部では視覚障害と向き合いながら工夫して練習していました。関東ろう卓球大会でサーブが決まり1点を取った瞬間の喜びを今でも忘れることはできません。会場で卓球の試合を見ていると、当時感じていた「努力することの楽しさ」が温かくよみがえってきました。

自転車競技

自転車競技では、恩師夫妻が日本代表として走る姿を見ることができました。全力でペダルを踏む後ろ姿を見ていると、胸が熱くなりました。私はもともと2人乗りのタンデム自転車が好きで、いつかロードタイプのタンデムにも挑戦したいという夢があります。恩師の雄姿に、その夢を叶えたいと強く思いました。

MTB(マウンテンバイク)では、男子選手はスピードが速く、急な坂道や凸凹の地形も力強く走り抜けていきます。一方、女子選手は難しい地形に苦戦しながらも、ゴールを目指して懸命に走る姿が印象的でした。

バスケットボール・バレーボール

バスケットボールやバレーボールでも、男女それぞれの違いが感じられました。男子は力強くボールを奪い、鋭いパスをつないで速さで勝負する場面が多く見られました。女子はより丁寧にパスをつなぎ、チームとしての戦略を工夫しながら試合を進めている様子が印象に残りました。

おわりに

デフリンピックは、スポーツ・文化・多様性、そして人生が交差する特別な場所でした。音がなくても伝わる熱気、言語が違っても通じる想い、そして身体が語る努力の物語。そのすべてが、私の心に深く刻まれました。今回得た感動や学びを、これからの研究や活動にしっかりとつなげていきたいと思います。

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上のタイトル「デフリンピックを応援して見えてきた」 真ん中にはイラストで左順から水泳でスタート台でスタンバイしている様子、バレーでサーブを打つ様子、自転車に乗る様子、陸上でスタートランプを見ながらスタンバイしている様子。 下には「スポーツとインクルージョンの未来」

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この記事を書いた人

たばた はやと:触覚デザイナー
1997年東京生まれ、現在は横浜在住、京都芸術大学大学院に在学中。先天性盲ろう者。コミュニケーション手段は、接近手話・触手話・指点字・筆談など。趣味はマラソン・旅行・2人乗りのタンデム自転車。

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