スノマナです。
引き続き、情報保障、何を学んだか、など大学生活を中心に話していきます。
前編を読んでいない方は以下URLから見れます(読めます)
大学入学後、まずガイダンスの時にこの学年にろう者がいるということを知ってもらった方が、私が何かに困った時、この人は聞こえないんだったね!とフォローが入りやすくなると思い、自分の障害について学年の前に立って説明をしました。
Windowsで一生懸命に作成したパワーポイントが大学側が用意したMacで開くと文字化けしてしまい、パニックになってしまった記憶があります。
なんとか自己紹介を終えて、4年間頑張れるかなぁ、と不安になりつつも大学生活が始まりました。
- 情報保障について
実技授業
→助手さんがいるので、その方にノートテイクやパソコンテイクをお願いしました。
講義
→その時はコマが空いている人や先輩が来てもらってノートテイクか、同じ授業を受けている人の中、この人にお願いできそうだなと思ったら声をかけるスタイルでした。
そんな中でショックを受けた出来事がありました。
当時は情報保障がきちんと整備されていなかったため、手話サークルの人がノートテイクしてもらうという考えを学務課側が持っていたらしいです。
手話サークルとノートテイクを結びつけるのはおかしい、と抗議しました。
ノートテイク募集のチラシを作って貼ったり、他の大学の情報保障を参考して学務課に伝えたり・・・。
また、情報保障がない中で、授業を受けていてもなんて言ってるのか分からない、90分もあるのでついて行けない、そんな日が続くと心に限界がきます。
見えない障がいだから、得られにくい情報を必死に集める日が積み重なって、ある日授業が終わった後、突然泣いてしまったこともありました。そこでようやく大学側が気づき、情報保障を見直してくださり、大学2年の春頃、やっとみんなと同じスタートラインに立てると思うと嬉しくてたまらなかったのです。
それから、整備が少しずつ良くなりました。私が卒業した後にろう者が入学したと耳にしたのですが、環境が良くなってきたかな?不安なく楽しく大学生活を過ごせているかな?と良い環境であることを祈るばかりです。
- 部活について
手話サークルに入っていましたが、学科の課題が多いため、あまり行きませんでした。
でも、なぜか毎年クリスマスの時期になると手話サークルがクリスマスツリーを飾るという習慣があったらしく、飾りを手伝いました笑
大学1年の時の文化祭は手話歌を披露してたのですが、なんか違うな…と思ってました。
美大ならではの文化でアクセサリーやイラストボードなどオリジナルグッズを文化祭に販売しているので、手話に関するアクセサリー(イヤリングやトートバッグ)を売るのはどうだ!?と部長に提案し、大学2年からは毎年販売しました。
- 部活以外に参加していた活動
文化祭は広報部門に興味を持ち、大学1年と3年の時のみ広報部門に所属しました。
学内地図、ビジュアルポスターなど制作しました。
- 学んだことについて
グラフィックデザイン専攻なので、ロゴ、インフォグラフィックデザイン、パッケージデザイン、ピクトグラム、ブックデザイン、タイポグラフィ、公共ポスター、中吊り広告など幅広く制作しました。
作品を一部紹介します。
❶インフォグラフィック↓
言葉や数字だけでは伝わりづらい情報を「整理」「分析」「編集」してイラスト・チャート・グラフ・表・地図などで表現したものと言います。
❷果物の種を数字にしたカレンダー↓
久しぶりに作品を振り返ると、メロン、いちごの数字をよーく近づいてみないと見えない笑
❸タイポグラフィ↓
文字で1つのデザインを作る意味です。
山手線の駅名と日本の丸を組み合わせたデザインです。
B1サイズで、水張り(水彩紙に水を含ませて、木製パネルの板に張り込む)の作業をして、ラフを描いて絵の具でコツコツ描いていきます。
制作の流れは以下となります。
①課題の説明
②テーマを決めるためにリサーチ
③ラフを書く(ラフ用紙が配布される)
④先生にチェック
⑤制作開始
⑥締め切り日まで対応
⑦完成次第、提出する
⑧プレゼン、先生から講評(辛口講評する人もいるので、空気がピリピリになる笑)
といった流れになります。
プレゼンはPowerPointか、助手さんに代読してもらう形にしてなんとか課題を乗り越えました。
大学は長期休みがあり、夏休み、冬休み、春休みの間はアルバイトで稼いだお金で海外旅行(オーストラリアのケアンズ、台湾、香港、韓国)に行きました。
運転免許証を短期間で集中して取得するためにバイトを1ヶ月休んで、教習所へ通い、無事取得できました。
また、ボランティア&インターンなど長期休みの間しかできないことをガッツリやりました。
大学4年になると卒業制作があります!!
半年以上かけて制作するので、アイデア出しがとても大変。
無事に卒業制作を提出でき、4年間があっという間に終わりました。
風邪や高熱などの体調不良以外はは、ほぼ出席しました。
アルバイト(記事も書いています。)も掛け持ちしていたことと、片道2時間通学なので、慌ただしい日々でした。
最後に
情報保障の問題は苦労しましたが、学ぶ時間がたっぷりある4年間だからこそ様々なデザインを学べたことが財産になりました。
美大進学するろう者は少ないのですが、ろう者ならばの視点の表現を磨いて世の中で活躍しやすくなるように私も引き続きデザイナー頑張ります!