スコットランドは、英国を構成する4つの国(イングランド・スコットランド・ウェールズ・北アイルランド)の1つで、使われている手話はBritish Sign Language(BSL)と呼ばれます。BSLは英語、ゲール語、スコットランド語とともに公用語の1つです。
エディンバラ大学では「ろう者学」の授業が毎年開講されていて、大学で研究をしているろう者の教授が手話で講義を行います。この授業はろう教育関係者の受講が必須とされているため、スコットランド各地のろう学校の教員、ろう・難聴学級の教員、通常学級で支援教員として働く方々が、エディンバラ大学に3日間集まって受講していました。エディンバラ大学の学生である私は聴講生としてこの授業に参加することができました。
この記事ではdeaf/Deafの双方を、基本的に「ろう」という日本語で表記しています。英語のdeafは、日本語の「ろう」「難聴」「聴覚障害」を包含することや社会的な意味合いを踏まえて、場合によっては「ろう・難聴」や「聴覚障害」という日本語でも表記しています。
「ろう者学」の授業の概要
- 3日間、10時から16時までの集中講義
- ろう教育に関わる人が対象(ろう学校の教員、ろう・難聴学級の教員、通常学級の支援教員などは受講が必須)
- 教授はろう者、その他のゲスト講師や活動の説明する人もろう者
- 使用言語はBSL
- 情報保障として、読み取り・手話通訳の担当者が3人配置
普段からろう教育に関わる人が受講しているので、BSLをある程度理解できる人も多いですが、教授の手話での講義を読み取り通訳の方が音声英語に通訳し、自動音声認識でスライドに字幕がつく形になっていました。受講生の音声英語での発言はBSLに通訳されて教授に伝わります。
1日目の学習内容
- 「ろう」とは?「ろう」はどのように語られるか
- 「ろう」の構築
- ろうコミュニティとろう文化
多角的な視点から「ろう」について考えることを目的に、受講生同士のグループでの議論も多く行われた1日目。聴覚障害の遺伝子治療や口話教育を推進する1880年のイタリアのミラノで行われた第2回国際ろう教育会議、2006年ニュージーランドでニュージーランド手話が公用語として認められたことを話し合いながら学びました。
「医療・個人モデル」「社会モデル」「文化・言語モデル」の3つのモデルから考えるろうについては、「医療・個人モデル」で語られがちな聴覚障害を別のモデルから捉えることで、ろう児やろう者が必要とする教育制度や社会制度のあり方を考えるきっかけにもなりました。
そして、ろう文化の紹介の際には、lumoTVというBSLのチャンネル、ろう映画祭、手話ポエム、Visual Vernacular、デフリンピックなどが動画を用いて紹介され、「来月デフリンピックが東京で開催される!」と東京デフリンピックが話題にあがり、嬉しかったです。
2日目の学習内容
- ろうコミュニティの多様性
- 様々なろうアイデンティ
- 地域のろうコミュニティや活動の代表者より、自身についてや活動内容の紹介
- スコットランド・BSL法(スコットランドにおける英国手話言語法)について
この日はろうゲスト講師の2人が、それぞれの生い立ちや代表する組織の活動について説明していた点が印象的でした。
1人の方はスコットランドのろう・難聴児が放課後に集まってろうスタッフと勉強や遊び、交流ができる場の運営やキャンプやイベントなどの開催をする団体を紹介していました。もう1人の方は子どもの頃にろう者の自分には役者はできないと諦めていたが、手話で演じることができることを知って世界が広がったという話から、「ろう者にできないことはない」と、ろう・難聴児が自分のやりたいことを見つけられるきっかけを作る活動していると話していました。受講者の方々は、それらの情報を学校に戻った際に生徒に伝えるために、ゲスト講師の2人に活動内容の詳細を質問したり、資料を手に取ったりしていました。
また、スコットランドでは2015年9月にスコットランド・BSL法が成立し、手話を使うろう・難聴者の生活をより良いものにすることについての話がありました。例えばスコットランドでは、高校卒業時の試験(日本で言う大学入試に使う共通テストに近い試験)を手話で受けることができるそうです。問題が手話に翻訳される形、回答を手話で表出する形、もしくはその両方を選ぶことができるため、ろう・難聴の生徒の大学進学を後押しする仕組みになっているそうです。
授業後に教授に「日本では手話言語法に近い法律(2025年6月の手話に関する施策の推進に関する法律)がつい最近施行された」と伝えると、「素晴らしい!」と喜んでいました。
3日目の学習内容
- 盲ろうについて
- スコットランドのろう者の歴史
- 討論会の準備
- 討論会
この日は盲ろう者ゲスト講師が自身の感覚と情報を得る方法について、受講生一人一人についての情報を、触覚を中心に得ていたり、中途失聴として触手話や補聴器、口話など様々な方法を使いながらコミュニケーションを取っていたりする姿を見て、ろう文化とは違う盲ろうの体験について学ぶことができました。
受講生を2つのグループに分けて行われた討論会では、「全ての重度難聴または高度難聴の子ども達とその家族の自宅の40km圏内にBSLの没入型環境(手話者によって運営される手話だけの環境)があるべきだ」という主張について、賛成と反対の立場から議論を行いました。理想と現実を踏まえての議論は難しくはありましたが、とても興味深いものとなりました。
ろう者との交流
BSLは指文字すらわからない状態で参加し、ろう者の教授とのやりとりが筆談や手話通訳の方を介することが多かったのですが、学習中の日本手話の単語や文法で少し伝わることもあり、交流がとても楽しかったです。
例えば、日本のデフリンピックに行ってみたいと言った方に日本手話で「日本 飛行機(で向かう) 経験 ある+眉上げとあご引き」と訊いてみたところ、伝わったり、その場で学んだ「イングランド」「スコットランド」「手話」のBSLの単語を使って、「イングランド スコットランド 手話 違う(日本手話)+ 眉上げとあご引き」と訊くと、同じBSLでもイングランドとスコットランドで単語や表現方法が違うことがわかったりしました。
日本に旅行したことがある教授は、日本手話で「ありがとう」「美味しい」「不味い」をその時に覚えたそうで、「不味い」を覚えたということは、何か美味しくなかったのかなと思いながらも楽しく会話ができ、BSLができない私の言いたいことを読み取ってくれることをとてもありがたく感じました。
ろう教育も研究分野である教授に、日本の明晴学園について、日本手話でお店屋さんごっこをする子ども達の動画を見せながら話すと、とても感銘を受けていて、インスタグラムをフォローすると言っていました。
受講生の方から聞いたスコットランドのろう教育事情
ろう・難聴学級や通常学級の支援教員として働く受講生と話し、たくさんの発見がありました。
「うちの通常学級では第二言語としてBSLが開講されていて、聴生徒もろう・難聴生徒も手話を学ぶ機会があって、人工内耳を使う音声英語が第一言語とする生徒も、そこで熱心に手話を学んでいる」
通常学級で1日の体験授業のような形ではなく、言語の授業として手話の授業が行われているのは日本では聞いたことがなかったので、とても興味深く思いました。
「生徒とのコミュニケーションをもっと円滑にするために、BSLを上達させたいんだけど、時間もなかなか取れないし、自分で教室に通わなきゃいけないから、なかなか現実的じゃない」
日本のろう学校の教員も手話の上達は個人で行わなきゃいけないという話を聞いたことがあるので、どの国の教員も個人の努力に委ねられている現状の難しさも感じました。
日本では各都道府県に1つ以上はろう学校が置かれていて、主にトータルコミュニケーションが用いられていること、私立のろう学校が2つあり、ろうの教員により日本手話での指導が行われている学校と、補聴技術や音声言語の習得と使用に最適な環境が整えられている学校があること、通常学級に入るろう・難聴児も増えていることなどを話しました。
日本でのろう学校の多さとそれぞれ私立学校にとても興味を持たれていました。それに比べて、スコットランドではろう学校の数はかなり少なく(調べると3学校のようで)、ほとんどの生徒が通常学校のろう・難聴学級か通常学級に入ると聞き、同じろうや難聴の生徒とたくさん知り合うことが難しいことなども聞きました。
まとめ
ろう教育に関わる教員の方々が必須の講習として、言語・文化的モデルのろうについてや、様々な分野で活躍するろう者のロールモデル、実際に地域で行われているろう・難聴児対象の活動について学ぶことができるのは、スコットランドのろう教育の素晴らしい仕組みだなと思います。ただ、現状としてスコットランドには、ろう学校が3つしかなく、ほとんどがろう・難聴学級や通常学級へのインテグレーションをしている、教員の皆さんが手話を習得する時間や方法がない、ろう・難聴の生徒が少ないため同じろう・難聴児と交流できる場が少ないなど、日本の現状と近い、もしくは日本よりも難しい現状である点も知ることができました。様々な国の事情を知り、状況を比べながらより良い教育の形を模索していくことが必要だなと感じました。

