今回は、初めて字幕制作をした際に直面したお話です。
字幕の制作過程の一つで、字幕検討会を行います。
字幕モニターとして、聴覚障害当事者にご参加いただき、見やすさやルビ問題、表示時間内に読めるか、作品を理解できたかなどについてディスカッションをします。
字幕の制作は、作品の内容や作品制作(製作)側、字幕ライター、字幕監修者、字幕モニターさんによって意見はさまざまです。また企業や字幕制作者によっては、字幕検討会を開催するかは必須とされていません。
今回お話しする内容は字幕モニターや制作工程の全てではなく、あくまで私個人が“プロ”として初めて経験したお話しです。ゆるっと見ていただけますと嬉しいです。
初めての字幕制作で学んだ“本当の”バリアフリー
“バリアフリー”というエゴとの直面
私が初めて字幕制作に携わったのは、演劇ファンに根強い人気のある舞台作品の映像でした。
この作品は、観客を引き込むほどの魅力を持ち、音楽とセリフが緻密に連動して一体となることで、まさに「音と言葉の芸術」として成立していました。
観劇が大好きな私は、初仕事から素敵な作品とのご縁をいただけたことが、とても嬉しかったです。
スクールで教わった通りに、文字数やハコ割り、ルビふり、表示時間、表示方法などに基づいて字幕を作成しました。
スクール修了前のトライアルではトップの成績だったので、とても自信がありました。
しかし、その自信を打ち砕かれる現実にすぐ直面することとなりました。
実際の字幕ユーザーが求めているものは、私が想像していた以上に複雑で、多くの要素が必要だったのです。
この出来事が、私のバリアフリー字幕制作に対する考え方が大きく変わることになります。
誰が何を楽しむためのもの?
初めての作品の字幕モニターには、舞台が好きな聴覚障害当事者であるろう者と難聴者のおふたりに、ご参加いただきました。
この検討会で、字幕モニターのおふたりのフィードバックを通して、自分の作った字幕がどれほど一方的・一面的だったかに気付かされました。
最初に指摘されたのは、音情報の表示についてでした。
音符「♪」のマークでは、どのような曲が流れているのか、全く伝わらないというのです。
「この作品では、音楽や効果音が重要な要素なのに、ただの音符マークだけでは作品の雰囲気や演出の意図が掴めない」という言葉に、はっとしました。
字幕情報だけで音楽の意図などを伝えることの難しさに、初めて直面しました。
さらには、「木々が揺れているシーンで、音情報がないように感じるが、風の音はどうなっているのか?無風なのか?」という質問や、「波の音の描写が不十分だ」という指摘も受けました。
穏やかな波音と荒々しい波音では、同じ「波の音」として表現することは不十分だということを学びました。
また「なぜ連続している打楽器の音は1回だけしか表示しないのか?」という疑問も投げかけられました。
私は、「音の字幕が連続表示されると邪魔になるのではないか?」と考え字幕基準に従って1回のみの表示にしていたのですが、モニターの方からは「聞こえる人は連続した音を聴いているのに、視覚的にその情報が途切れるのは、かえって不自然だ」、「私たちにとって視覚情報は聴覚情報と同じくらいとても大切なのですよ」と指摘されました。
この瞬間、私は「邪魔になるだろう」という自分の思い込みが、逆にユーザーに聴者のエゴを強いていることに気付きました。
ルールに従っているだけでは、字幕を必要としている方々に寄り添うことはできないのだという実感を持ちました。
基準と現実の間での、試行錯誤の日々
字幕検討会のフィードバックを受けた後、私は製作者と密にやり取りをしながら、字幕のブラッシュアップを行いました。
最初は、スクールで教わった「正しい」方法に従って作業を進めていましたが、それでは不十分で、作品にも字幕を必要とする方にも寄り添っていないことが分かり、そこからは試行錯誤の連続でした。
音楽の雰囲気や曲調、使用されている楽器の情報をどのように伝えるか…
木々の揺れる音や風の音、波の音をどうやったら伝えられるのかなど、あらゆる音の要素を検討しました。
製作者とディスカッションを重ねながら、次第に「バリアフリー字幕は、ルールの中では収まらない」という考えに至りました。
バリアフリー字幕は作品とユーザーを結びつける重要な役割があり、そのためには視覚的な情報が音やセリフの意味をしっかりと補完する必要があります。
最終的に納品した字幕は、基準ルールから大きく逸脱していましたが、その分、「舞台をその場で見ているかのような感動で、鳥肌が立ちました!」とろう者・難聴者に限らず、聴者にも好評をいただきました。
私はその時、バリアフリー字幕とはただの「情報保障」ではなく、作品の一部として観客や作品に寄り添うものであるという新たな視点を得ました。
字幕の多様なアプローチ
この経験を通して学んだのは、字幕を作る際に、作品の特性に合わせ、誰が何を求めて見るモノなのかによって柔軟なアプローチが必要だということです。
例えば、アニメが好きな人、舞台が好きな人、ミュージカルが好きな人、ドキュメンタリーが好きな人など、視聴者の好みによっても「良い字幕」の基準は異なります。
したがって、字幕モニターもただ聴覚障害のある方であれば誰でも良いわけではなく、その作品に対して深い理解や感性を持っている方にご参加いただくことが大切だと感じています。
私は字幕制作において、「音をどう視覚的に表現するか」という課題に毎回直面しています。
これは特に、音楽や効果音が重要な要素となる作品では大きなチャンスでありチャレンジとなります。
聞こえない・聞こえにくい世界で、どのようにして「音」を感じてもらうのか、その表現にはまだまだ無限の可能性があると考えています。
エンターテイメントとバリアフリーの共存
バリアフリー字幕制作に取り組む中で、私は「バリアフリー」と「エンターテイメント」の共存についても、いつも考えています。
字幕が作品の邪魔になるのではなく、むしろ作品をより豊かにし、視聴者に新しい体験を提供するものでもあるべきだと思うようになりました。
ルールにとらわれすぎず、作品ごとに適切な字幕を提供することが、私の目指す字幕制作です。
次回は…
次回は、字幕の基準・ルールなどについてお話しいたします。媒体やポスプロによって、その基準は本当にさまざまです。
その点について、深掘りしていこうと思います。