【18歳から、補聴器。Vol.3】難聴と向き合っていく、長い長い道のり

中等度難聴ライターのナツです! 

【18歳から、補聴器。】三部作の最終回となりました。

幼少期に「中等度難聴」であることがわかっていながら、
どうして小学校、中学校、高校と補聴器をつけなかったのか。
補聴器を勧められなかったのか。

それは

【勉強や人間関係で遅れやトラブルが目立たなかったから】

【自分からSOSを出せなかったから】

だと私は思っていて、
Vol.1〈勉強編〉、 Vol.2〈人間関係編〉として振り返ってきました。

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最終回では、主に補聴器をつけたあとのことを書いていきます。

目次

自分からSOSを出せなかった

【勉強や人間関係で遅れやトラブルが目立たなかった】と書きましたが、
トラブルがなかったどころか、私は学校が大好きでした。 

しかし、どんなに学校が好きでも、親しい友人たちといても
人と一緒に過ごし、会話をする以上
難聴であることを意識しない時間はありません。

だから楽しい毎日の中で何度も、私は難聴なのだと突きつけられます。

きこえなかったのに、適当に答えちゃった。
きかれたこととチグハグな回答をしていなかったかな。
また「耳遠いね~」って言われちゃった。

そうやって日々、くよくよしながらも
難聴であることを先生や友人に打ち明けることはできませんでした。

難聴は恥ずかしいもの、18歳からつけ始めた補聴器は隠さねばならないもの」と捉えてしまい、ずっと水面下に押し込んで向き合おうとしませんでした。

それが私のすべての課題の根っこにあるように思います。

だから、勇気を出してオープンにしよう! 自分からSOSを出すのが大事!
——そんな結論を出すつもりは微塵もありません。
それがどんなに難しいことか、私は身をもって知っているつもりです。

それでも……。もしも「息苦しいな」「自然体ではないな」という感覚があるのなら、
難聴について知ることや、自分の考え方と向き合うこと、そして少しの勇気がいるかもしれません。

私は、


難聴であることを少しずつまわりに伝えられる
状況によって文字起こしアプリや筆談を使う
どうすれば自分がきき取りやすくなるか、わかりやすくなるかを人に伝えられる

そうなるまでに、それはそれは、長い時間がかかりました。

その長い道のりのはじめの一歩は、大学時代にありました。

18歳から補聴器をつけ始めて、どんな変化があった?

補聴器をつけ始めて、「自分は難聴なのだ」ということを今まで以上に意識するようになりました。

補聴器をつけても劇的にきこえるようになるわけではない、
むしろもっと、サポートをお願いしていかないといけないのかもしれない。
だってこのままじゃ、就職できないかもしれない。
会議も電話も、できる気がしない……。

そんなことをグルグルと考えましたが、どうすればいいのかはわかりません。

それまでの18年間で

きき取れていなくても愛想笑いしたり
「きこえてた?」などと言われたときに「ごめんごめん」と誤魔化したり
相槌を駆使して会話に参加している風を装ったり

そんな雑談スキルばかりが身についていき……

自分がどのくらいきこえていなくて、みんなはどのくらいきこえているのかを知り、自分にはどんなサポートが必要なのか自分で考え、発信する。
その理解と練習は、圧倒的に足りていませんでした。

そのツケというようなものが、ドサッとのしかかるのを感じました。

自分の難聴と向き合い始めたきっかけ

私の場合、3つのきっかけがありました。

①18歳から補聴器をつけ始めた
②就職、どうする……
③打ち明けてみたときの、友人たちの反応

①と②で否が応でも難聴と向き合わざるを得なくなりました。

とくに仕事では、難聴であることを隠して働くことは難しいはず。
もう、隠したままでは自分がキツイだけかもしれないと思いました。

そこでまず友人たちに、意を決して難聴であることを打ち明けてみたところ
真剣にきいてくれて「ああ、話してよかったな」という気持ちになれました。
「どうせわかってもらえない」と勝手に思い込んでいたのかもしれません。
スーッと靄が晴れていくようでした。

大学生活も終盤になってやっとでしたが、
それから少しずつ、周りに伝えられるようになっていったのです。

障害受容は、長い長い道のり

実は30代になってもまだ、難聴や補聴器のことを伝えていない友人は多くいますし
きき取れなかったのに流してしまうことや
みんなが集まって雑談している場を避けてしまうこともあります。

難聴は恥ずかしいもの、18歳からつけ始めた補聴器は隠さねばならないもの

無意識にまで浸透したこの感情を、

中等度難聴でもべつにいいか
難聴であることも補聴器をつけていることも、みんなに知ってもらおう

そう塗り替えるのに、10年以上かかっています。
これを私にとっての「障害受容」と言うならば、長い長い道のりです。

当事者である私と、難聴ではない人たちの、【難聴】の捉え方は異なります。
打ち明けてみると「そうなんだ」「知らなかったよ」
そんな静かな反応が多く、いい意味で肩透かしをくらいます。

これからも、髪で隠すことなく補聴器を丸出しにして、「私は難聴なんだ」と気楽に言っていくつもりです。


学生時代に失ったものを取り戻そう、誤解を解こう!
というつもりはなく

ただただ、私自身を説明するものとして当たり前のように存在するものとして捉えていきたい。
そんな気持ちです。

難聴であることは変えられない。
「難聴に生まれてよかった!」とも思わない。

けれど、難聴に生まれたことで人生にふりかかる課題とできるだけしっかり向き合い、味わっていこうと思っています。

【18歳から、補聴器。】完

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この記事を書いた人

生まれつき中等度難聴で18歳から補聴器ユーザー。
山登りとコーヒーと本と文章が好き。
ろう学校教員、学校図書館司書を経てライターに。
夫と息子と3人家族(難聴は私だけ)。

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