キコニワから未来を生きるろう・難聴に送る、
ろう者・難聴者版の職業図鑑。
あなたの目指す働き方のヒントに。
さまざまな職種のろう、難聴者にインタビューを行い
職業紹介の記事を連載します。
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ろう学校教員(幼稚部教諭)
戸田 康之(とだ・やすゆき)さん
‐ 兵庫県出身
きこえについて
1歳の時に失聴。ろう学校幼稚部卒業後、小・中・高は地域の学校に通う。
普段は手話のみで生活している。

基本情報
ろう学校教員(幼稚部教諭)
埼玉県立特別支援学校大宮ろう学園(以下、大宮ろう学校)幼稚部教諭。
子どもと一緒に遊んだり、一緒に作ったり、一緒に話したりと遊びが豊かになるように援助、環境を整える。
(主な役割)
・コミュニケーション能力の向上
・発達の課題に応じた指導
・教育環境の整備
・子どもの心身の調和的な発達の基盤を培う
戸田鬼ごっこのようなルールのある遊びや、
例えば美容院ごっこなどのような“ごっこ遊び”をしながら、学びを深めていくための保育環境を用意したりしています!
1日の流れ

幼稚部教諭になるには
一般的なケース
大学や短大で教員養成課程を学び、幼稚園教諭免許状を取得。
特別支援学校教諭免許状(聴覚障害領域)を取得したのち、教員採用試験に合格すると、ろう学校の幼稚部教諭として働くことができる。
戸田さんの場合
大学院修了後、1年間幼稚部で非常勤として勤務する。
その後、中学部で3年間社会科の教員を担当したが、 幼稚部を担当していたときの経験が忘れられず、希望を出して幼稚部に戻る。
幼稚部教員として、思うようにいかないことや失敗も多く何度も壁にぶつかる。そのたびに考え、悩む中で、より専門的な知識が必要だと強く感じるようになり、働きながら通信制で3年間学び、幼稚園教諭免許を取得。
(現在は免許の取得が必須)

こんな人が向いている!
① 子どもが大好き
子どもと関わること自体を楽しめる人。
ボランティアや活動を通して、経験を積んでいける人に向いている。
子どもが好きであることがベースにないと続かないでしょう。
② 子どもを一人の人間として尊重することができる
年齢で決めつけず、思いや考えを大切にできる人。
その子らしさに寄り添いながら関われることが大切。
求められるスキル、必要な知識
子どもの考えや気持ちを見抜く力
言葉だけでなく、行動や表情、しぐさから思いをくみ取る力。
一見意味のない行動にも理由があることを理解し、表面だけで判断しない姿勢が大切。
スキルアップのためにしていること
・子どもの行動を常に観察
保育に関する本を通して、「子どもの実態を見ることはできない」という言葉に出会いました。
大人はこれまでの経験によって作られたフィルター越しに、子どもを見てしまうからです。
そのため、自分自身にも思い込みがあるという自覚を持つようにしています。
日々の関わりはビデオで振り返り、職員同士で話し合いながら、行動の背景や意味を考えています。

教えて!センパイの経験談
この仕事を始めたきっかけ
家庭教師の経験から
――現在の仕事を始めたきっかけを教えてください。
戸田先生になるきっかけは、大学時代の家庭教師の経験でした。
担当していた中学生は、反抗期や思春期の真っただ中で、勉強だけでなく、さまざまな悩みを相談してくれました。
以前は「きこえないこと」に後ろめたさを感じていたその生徒が、次第にろう者としてのアイデンティティを確立し、自信を持って成長していく姿を間近で見たことが、ろう学校中学部の先生を志す大きなきっかけとなりました。
中学部の先生になるはずが…
――最初は中学部の先生を志していたんですね。
戸田そうなんですよ(笑)
特別支援学校の免許の取得のため大学院に進学し、「いよいよろう学校の中学部の先生になれる」と思っていた矢先、赴任先で告げられた配属は幼稚部でした。
当初は想定外でしたが、1年間幼稚部を担当し、中学部に異動となり念願の中学部の先生として3年間担当しました。
中学部の先生もやりがいを感じていたものの、幼稚部の先生の経験が忘れられず、希望を出して戻りました。
偶然の出会いが道をつくる
――それだけ幼稚部の先生が楽しかったのですね。
戸田そうですね。最初から幼稚部の先生を目指していたわけではありません。
それでも、さまざまな経験や巡り合わせの中で、自然と今の場所にたどり着いていました。
振り返ると、人生は本当に不思議だと感じます。
人との出会いは、自分の世界を広げ、進む道のヒントを与えてくれます。
学びや勉強だけでなく、経験や出会いそのものが、自分を形づくってきたと感じています。
もう一つの理由
――ろう者で幼稚部の先生は比較的少ないですよね。
戸田当時は少なかったですね。
そういえば、きっかけとしてもう一つ大きかったのは、当時は幼稚部にろう者の先生がほとんどいなかったことです。
今でこそ幼稚部教諭のろう者は増えてきましたが、当時は全国でも数えるほどでした。
坂戸ろう学校(埼玉県立特別支援学校坂戸ろう学園)では、ろう者として初めての幼稚部教諭だったそうで、全国でも4、5人目ではないかと思います。
きこえる子どもとの違い
子どもたちの中にあるろう文化
――一般の保育園と、ろう学校幼稚部での指導の違いはありますか?
戸田大いにあります。大きな違いは、生活の中にある「文化」の違いです。
きこえる子どもは主に耳を使って情報を受け取りますが、ろうの子どもたちは目を使います。
そのため、コミュニケーションは手話が中心となり、目を合わせることや視線の使い方がとても重要になります。こうした違いは、遊び方や空間の使い方にも表れます。
たとえば鬼ごっこでは、きこえる子どもたちは「入れて」「いいよ」と声でやりとりしますが、ろうの子どもたちは手話すら使わず、アイコンタクトやうなずき(※NMM)だけで成立することもあります。
鬼が誰かを何度も確認するなど、遊びの進み方自体も異なります。
ろう学校ならではの「かくれんぼ」
――他の遊びも気になります!
戸田かくれんぼも、一般的なルールとは大きく異なります。
これは大宮ろう学校流ですが、
「かくれんぼをやりたい人!」と声をかけ、年長の子が司会を務めます。
他の子どもたちは座って話を聞き、「では始めます!」の合図とともに司会の子がその場を離れちゃうんです!
というのは、その子が隠れ、残った子どもたち全員が鬼になります。
残った子どもたち全員で30まで数えますが、年少の子が数えられない場合は、年長の子が自然にサポートします。数え終わると、全員で一斉に探しに行きます。この繰り返しです。
隠れる役を決めるのは、じゃんけんではなく「交渉」(笑)
「次は僕にやらせて!」という具合にです。交渉力が求められる、少し不思議な構図になります。
この遊び方は、大人が教えたものではなく、子どもたちの中から自然に生まれたものです。
大人が一般的なルールを押し付けるのではなく、子どもたちの主体性を大切にすることで、 のびのびとした遊びが育まれています。その発想の豊かさに、大人が学ばされることも多いです。
子どもを尊重するということ
――子どもたちが、自分たちで楽しめるルールを作っていく様子を見守っているのですね。
戸田こうした姿勢は、「子どもを一人の人間として尊重する」という考え方につながっています。
手話の場面でも、それを強く感じる出来事がありました。
毎月行われる誕生会で、司会を担当した子が「誕生会」という手話を、一般的な(生まれる/会)ではなく、片手の5本指で(ろうそくを吹き消す動作/会)で表現したことがありました。(※下に動画あり)
誕生会の中でいちばん盛り上がる、ろうそくの火を吹き消す場面を、その子なりに言語化した表現でした。
一度は他の先生が「正しい手話」に直してしまいましたが、その様子をビデオで振り返り、「これは間違いではない」という気づきと反省がありました。
子どもの表現や気持ちを尊重することの大切さを、改めて教えられた場面でした。


教える立場から、共に学ぶ立場へ
――子どもたちから教わることが多いのですね。
戸田本当にそう思います。今は「教える」というより、子どもと一緒に学んでいる感覚があります。
ただ、最初からそうだったわけではありません。以前は、どうしても「教えなければ」という意識が強かったと思います。
ベテランの先生の関わり方を見たり、研修を受けたり、先生同士で対話を重ねる中で、 少しずつ考え方が変わってきました。
ろう者・聴者に関わらず、学び合いながら積み重ねてきた結果だと感じています。
嬉しい瞬間
キラキラ輝く瞳
――仕事で嬉しいと思う瞬間はありますか。
戸田子どもの日々の成長や、キラキラした笑顔を見る瞬間がいちばん楽しいです。
何かを発見したときの、あの輝くような表情には、いつも癒されています。
先日も虫取りの時間に、蝶を捕まえて観察していた子が、羽に粉(鱗粉)が付いていることに気づき、「なんだこれ!?」と驚いていました。
新しい世界に出会った瞬間のその表情は、大人になるにつれて忘れがちな感覚を呼び起こしてくれるようで、とても面白いと感じます。
悩んだこと、悩んでいること
子どもたちとの関わりの中で
――仕事をしていくうえでの悩みはありますか。
戸田たくさんありますよ。
子どもの気持ちを十分に汲み取れなかったり、失敗してしまうことも少なくありません。子どもの思いを受け止めきれないと、信頼関係が崩れてしまうこともあります。
悩みというほどではありませんが、そうした失敗一つひとつを経験として受け止め、自分の中に積み重ねていくよう心がけています。

きこえる人との協働の仕方
環境づくりが鍵
――きこえる人と働くときはどういった工夫をされていますか?
戸田教員同士は、基本的に手話でコミュニケーションをとっています。
ろう者・聴者それぞれの視点や意見が大切なので、立場に関わらず対等に協働できる環境づくりを心がけています。
大宮ろう学校には、ろう者の先生が全国的に比較的多く在籍しており、そうした体制があるからこそ実現できている面もあると思います。
学生時代の印象的な出来事
消極的な性格
――13歳の頃はどんな性格でしたか?
戸田人に合わせる性格でした。
学校生活で聴者に囲まれていた環境のせいか、自己主張はあまりできませんでしたね。作り笑いをするような子どもだったと思います。

ろう者の仲間との時間が心の拠り所
――記憶に残っている出来事はありますか。
戸田私の場合は小学校から高校まで、常にろう者の仲間が身近にいました。
幼稚部時代の友達とは、小学校進学と同時に別々の学校に通うことになりましたが、夏休みになると一緒に遊び、聴者に囲まれた小学校生活を忘れるかのように、ひたすら遊んでいました。
その集まりは、私にとって心の拠り所でもありました。
連絡手段はFAX
――同じ仲間がいると心強いですよね。
戸田そして、中学生になると、土日には一緒に出かけて遊んだりしていました。
また、一般家庭にもFAXが普及し始めた頃で、友人同士で毎日のようにFAXを送り合っていました。
日々の出来事や感じたこと、ユーモアを交えた「新聞」のようなものを作り、当番制で持ち回りしながら送っていたこともあります。
いつも救われていた「FAX新聞」
――FAX新聞、気になります!
戸田これは今の自分の人生の礎になっており、忘れられない思い出です。
当時のFAX新聞も約30年経った今でも残っていますが、日焼けして真っ白になってしまいました(笑)
当時流行っていた漫画『おぼっちゃま』にならって、「そんなばなな新聞」と名付け、グループ内で回していました。
学校生活では聴者の笑いが理解できず戸惑うこともありましたが、このFAX新聞でたくさん笑わせてもらい、心が救われていました。
やっぱり、笑いって大事だね!

学生時代にしておくべきこと
勉強も大切だけれど
――戸田さんが思う、学生時代にしておくべきことは何でしょうか。
戸田先生になるために「とにかく勉強しなければ」と学習だけに偏るのではなく、ろうの子どもたちと実際に触れ合い、関わる経験を積むことが大切だと思います。
企画や集まりへの参加、ボランティア活動、自ら企画を立ち上げるなど、方法はいくらでもあります。
私自身、フリースクールのスタッフとして活動した経験があるからこそ、その重要性を強く感じています。

さいごに…
座右の銘
日ごろから心に留めている言葉を聞くことで
その人となりや、その人の歩んできた道が
垣間見えると思い、聞いてみました!
「学びてやまず」
――最後に座右の銘を聞かせてください!
戸田「学びてやまず」でしょうか。
――その言葉にはどんな意味が込められているのでしょうか?
戸田先生という仕事において、今の指導力や知識、現時点での自分の力に満足してしまったら、先生として失格だと思っています。もしそう感じてしまったら、すぐにでも教壇を離れるべきだと考えています。
教員という仕事は、定年まで学び続けることが求められる仕事です。
その思いを忘れないための、自戒の言葉として「学びてやまず」を大切にしています。

ろう学校教員、幼稚部教諭を目指しているあなたへ
幼稚部の3歳から5歳の時期は、子どもたちが家族以外の大人や同じ仲間と出会い、遊びや生活の中で、身体や心を育み、人生の土台となる力を育む大切な時期です。その力を育てるのが、幼稚部教員の仕事です。
この仕事の一番の魅力は、子どもたちの「わかった!」「できた!」という瞬間の、あの輝く笑顔を一番近くで見られることです。日々、子どもたちが心も体も大きく成長していく姿に、感動とエネルギーをもらえます。
幼稚部教員になるために、必要な勉強はたくさんありますが、「子どもたちの力になりたい」という温かい気持ちと努力があれば、必ず幼稚部教員になれます!
夢に向かって一歩一歩、頑張ってください。応援しています!


