──郊外に引っ越したことによる慌ただしさはありましたが、真夜中の騒音に悩まされていた日々から解放され、私の自律神経は徐々に整っていきました。
右耳の軽度難聴はありましたが、相変わらずのワンオペ育児で、ほぼ長男と二人の生活に支障をきたす程ではなく、何よりも爆音だった耳鳴りが治まったことがとても嬉しく、ありがたいことでした。
そんな平穏な日々が続く中、季節は巡り春へ。親になって初めての一大イベントとして、長男が幼稚園に入園することになりました。
こんにちは、ピノです!
初めましての方も、数回~毎回お読みくださっている方も、心から感謝いたします、ありがとうございますm(__)m
前回までのあらすじはこちらになります。
ご興味頂けましたら幸いです。

それでは続きをどうぞ!
幼稚園入園に不随する様々な行事や幼稚園生活に、私の心は再びざわついていくことになります。
幼稚園に入園する前に、親子面接がありました。
面接相手は主に園長先生です。
私の右耳の軽度難聴は低音が聞き取りにくいため、男性でなおかつ滑舌があまり良くない方との会話には多少の難しさを感じていました。
しかし幸いなことに、園長先生は女性で、個室での面接だったため特に困難を感じることなく無事終了し、その後、入園の合格通知をいただきました。
その後です。
入園にあたり、保護者を対象とした説明会がありました。
広い部屋、高い天井、複数人の会話…….。様々な音が壁や天井、人々にぶつかって反響してきます。難聴のある私にとっては非常に聞き取りにくい、厳しい環境でした。
私は少しでも聞き取りやすくするため、最前列の、話し手が立つであろうマイクの前の席にそそくさと座り、この先待ち受けているだろう様々な場面に思いを巡らせながら、少々憂鬱になっていました。
しかし、長男の入園が決まった時、私はあることを決意していました。
それは、「難聴があることを、先生方をはじめ周囲に気づかれないようにする」ということです。
今振り返ると、第一子の子育ては初めてのことばかりで、必要以上に身構え、緊張していたのだと思います。
そのため、難聴持ちであることを知られることで、「ママ友達ができないのではないか」「先生方に必要以上に気遣いをさせてしまうのではないか」「長男が差別されてしまうのではないか」といった不安を抱えていました。
さらに、噂で聞いていた「入園すると子供のために様々なお役につかなければならないのに出来なくなるのではないか…」
そして何より、「難聴だから」と周囲に憐憫の情を持たれ、「かわいそうな母子だと思われるのではないか」この思いが一番強かったように思います。
結果的には杞憂に過ぎなかったのですが、当時の私は色々な思いを抱えたまま、長男との幼稚園生活を送っていました。
細心の注意を払いながら、園でもプライベートでもママ友達とお付き合いをしていましたが、どうしても会話がかみ合わない時があったり、ストレスからなのか強い耳閉感や耳鳴りに悩まされ、激しいイライラ感にさいなまれたり… することもありました。
誰にも相談できない辛さが大きくなっていきました。
そんな自分を肯定したかったのでしょうか。卒園の年には、卒園係という大役に立候補し、何人かの保護者の方と一緒に、務めることになりました。
その間に、私は二度の流産も経験していました。
そんな中、とうとうというべきか、やはりというべきか……. 。
卒園式まであと1ヶ月。決めなければならないこと、やらなければならない事が次々と押し寄せる多忙な日々の中で、ある日、いきなり右耳に異変が起きました。
「バンッッッ!!!」──実際にそのような音はしていないのでしょうが、そう感じるほどの衝撃と共に、耳が塞がったような、水が入ったままのような感覚に襲われました。
さらに、すぐそばでガス湯沸かし器が着火したような、「ボーボボ!ボボボーボ・ボーボボ!」という強烈な耳鳴りが、再び始まってしまいました。
難聴があることを隠しての幼稚園生活。卒園対策係としての重圧。妊活の中での二度の流産。兄弟を望む長男への申し訳なさと大きな失望感──。
思い当たる要因は、いくつもありました。
——この続きは、次回へ。

